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22歳フリーランスエンジニアの話

22歳でほとんどスキルもないのにフリーランスという荒波を生きる男のブログです。

平凡以下の大学生がフリーランスエンジニアになるまで(前編)

どうも。 学生フリーランスです。

学生でフリーランスやっているというと

変わっている人 優秀で頭がキレる人 バリバリプログラミングかける人 のようなちょっと過大な印象を持たれることがあります。

しかし僕はそんなことはありません。 平凡以下な人間です。

今回はそんな平凡以下な人間の僕が、フリーランスエンジニアになるまでの道のりを書いていきたいと思います。

大学1回生

僕は某関西の大学のコンピューター系の学部に入学しました コンピューター系の学部に入学したのは

内部推薦がギリギリで学部の選択肢が狭かったから 友達が行くから ITってなんか良い響きやんと思ったから

というなんとも中身のない3つの理由から。

課外活動はヨット部にはいった。 ヨット部にはいった理由は

ゆるそうだから 先輩が綺麗だったから

という大学生にありがちな2つの理由から。

学部の勉強と、ヨット部という二つの軸で、僕の大学生活は進んでいくことになった。 ただ二つとも進めて行くうちに色々な課題が浮かんできた。

まず、学部の方だが、仮にもコンピューター系の学部ということもあり、勉強しないとどんどん置いていかれるような内容の勉強があった。 特にC言語を学ぶ授業が僕にはクソ難しかった。 何度教授を張り倒したいと思ったか(そんな勇気はない)。

C言語をやり始めた時は、「これを学んでどうなるのだろう」とか「こんなものできなくてもなんとかなる」とか思ってどんどん先延ばしにしていった。 その結果必修にもかかわらず単位を落とす結果になってしまった。

その他にも僕のレベルには難しい授業が多く、単位は何個か落としてしまった。

次にヨット部の方だが、「ゆるそう」と思ってはいったが実はそんなことはなくて、まあまあの体育会系だった。

毎週土日は合宿場に行き、合宿生活を余儀なくさた。 大学と合わせて完全な休みはないという、なんとも大学生らしくない生活を送ることになってしまった。

大学一回生は結局、平日は大学の勉強、土日はヨットというそれなり忙しい生活を送ることになる。 ヨットはそこそこできるようになったが、単位は28単位と、一回生にとっては少しやばい単位数となって収束した。

大学2回生

大学2回生は僕にとって、壁となる学年だった。 壁とか言ったが要は、ただのサボりだ。 「大学の勉強が何の役に立つかわからない」とか、「俺のやりたいことはこんなことじゃない」とか謎の理由を一人で並べて大学に行かなくなった。

大学に行かない時間は、ひたすらモンハンをしていた。 モンハンの腕前が一番高かったのはこの頃だ。

そんなことをしているともちろん単位は取れず、留年することとなる。 大学2回生の時間が僕に残してくれたものは「モンハンの圧倒的な向上」と「ヨットの少しの知識」だけだった。

しかしこんな僕に大学3回生で転機が訪れる。

大学3回生

実際には留年しているので2回生だがわかりやすく3回生と書こうと思う。

2回生で自堕落な生活を送っていた僕は、生きる気力を失っていた。 ヨットは好きだと思っていたが続けるのがしんどくなり、退部。 大学にも行かずにいた。

そんな僕はある日、将来について考えていた。 結果、「エンジニアって楽そうでいいな」と思ってエンジニアの求人サイトに飛んだ。

そこであるインターンの募集を見つけた。 「エンジニア」という言葉は知っていたがどういう仕事をするのかしらなかった僕は、話を聞きに行くことにした。

そこは学習系の動画を配信しており、Railsのエンジニアを自社で育てていきたい、という理由でインターンの募集をしており、未経験でも一から育ててくれるという会社だった。

奇跡的に採用された僕は、暇だったのでその会社に入り浸ることになる。 しかし僕は一つ勘違いしてたことがあった。

エンジニアを育てたいというので、一から手取り足とり教えてくれるのかと思ったら、そんなことはなく自力で勉強して、エラーも自分でググるということだ。

今思えば、それがエンジニアにとって当然のことで、そのおかげでフリーランスになれたんだと感じる。

しかし三か月ほどたった時、インターン先の方針転換があり、突然インターン生が全員解雇された。

そのあとはソーシャルゲームの開発会社に勤めることになった。

時給は1000円で交通費支給という、普通のバイトとあまり変わらないものだった。

しかしプログラミングはちょっと好きだった僕は喜んでほいほい勤めていた。

ただ、そこの会社は俗に言うブラック企業で、インターン生には優しいものの、社員はまあまあ重労働をしていた。

夜の3時にコミットログが飛んできて、同じ人から6時にもコミットログが飛んできて、10時に会社に行くとその人が仕事をしているのを見た時は素直に身震いがした。

そこで3か月働いた僕は、ある日突然面倒になりその会社をやめた。 我ながらクズだ。

おそらく、一つの場所に行って強制されて仕事している感がいやだったのだ。

そこから僕はフリーランスエンジニアになろうと決めた。

後編へ続く….